OH! MY 神様

視えるようになった娘との日々のやり取りや、それを取り巻く家族の状況を備忘録として記しています
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3年前のこと

2011年3月9日に義父が亡くなりました。その頃を思い出しての記録です。

2011年3月1日には義父は食べ物らしいものは一切受け付けなくなり、ガッチリとしていた体つきはまるで別人のようになっていました。いつまで持つのだろうか?家族はそれぞれが覚悟をしていました。

9日、義父はゆっくりとその時を迎えました。最期までというか、最期だからこそ穏やかに亡くなられたように思いました。

遺体が横たわっているその周りを取り囲むようにして家族が思い出話をしていたその時にあの大きな揺れが襲って来ました。私はとっさに枕もとにお供えしていた花瓶を両手に押さえて揺れが収まるのを待ちました。が、それはとても長く、「いつまで揺れるの~」と私は叫んでいました。

幸いにして停電の影響は短時間で済み、ニュースで東北の様子を見ることができました。海上までもが赤く燃えている様は地獄絵図のように見えました。翌朝の沿岸に打ち上げられた多くのご遺体のニュースは胸が張り裂けそうでした。お義父さんの死はみんなが覚悟をしていた。それでも家族は悲しみに暮れていました。災害により多くの方々が一瞬で命を奪われてしまった現実に非情さを感じました。

震災の影響で火葬場が使えず、遺体と共に数日間ほとんど外に出ることもなく私たちは生活しておりました。数日後に通夜、告別式も無事に済み、火葬場へと向かう車の中から見たのはガソリンを給油するために延々と並ぶ車の列でした。その列は火葬場から自宅へ戻ってくる時も変わらずに続いていました。

帰宅後、スーパーへ買い物に出た私は愕然としました。どの棚もガラガラで欲しいものは見つけることができませんでした。その時になって初めて世間の様子を知り、呆然と手ぶら同様で帰宅しました。物にあふれていた日常から、戦後のオイルショックの頃にタイムスリップしたみたいでした。

あれから3年。皆様に光が注がれますようにお祈りいたします。

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