OH! MY 神様

視えるようになった娘との日々のやり取りや、それを取り巻く家族の状況を備忘録として記しています
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見方、捉え方

3月25日

夕方、二男の整形外科の受診の帰り道に二男の小学校時代の同級生にばったり会いました。違う中学に進みましたので1年ぶりの再会でした。お互いの家を行き来した友達でした。

が、お互い認識はしたものの友達二人は何もなかったかのように私たちの前を通り過ぎて行きました。

違う中学に進んだから? 思春期だから? 二男は障害を持つから? 私は頭の中でいろいろ考えていました。二男は何も言いませんでしたが、動揺が見られました。

友達二人にとっては何でもない出来事だったのかもしれません。二男との関係は過去のものと認識しているのかもしれません。

帰宅してからも私は二男の気持ちを思うとやりきれないものがありました。我が家はとことんこういう気持ちを味わい尽くすようになっているのかもしれない、そう娘に思わず漏らしました。

こちらが何とも思わなければ何でもない事というのはわかっています。自分の事ならば流せても、我が子の事となると切なく思ってしまいます。

どう見て、どう受け取るかということなのでしょう。


昨日徘徊の方の事を書きましたが、そこにも通じる部分がありましたので書いておきます。


昨日の朝、私は初めて見る方でしたがその方に2回挨拶をしていました。私が「おはようございます」と1度目の声をかけるとその方はオドオドしながらもニコニコ笑顔で「おはようございます」と返してくださいました。そのオドオドとニコニコのアンバランスさから障害をお持ちなのかな?と感じました。我が子も障害を持っていますが、だからと言って一人歩きをさせないわけではありませんので特別な事とは思いませんでした。

そして5分もしないうちにまたその方が逆方向へ。そこで初めて一緒に居た方から徘徊癖があることをお聞きしました。その時には既に後姿も小さくなってしまっていました。

事態の深刻さに気付いたのはそれからでした。その方のご自宅へ連絡を取ると、目を離した隙に居なくなっていた事が分かりました。

私の見方は、障害を持っていても一人歩きが出来ないわけじゃないから大丈夫。
一緒に居た方は、徘徊してもいつも戻ってくるから大丈夫。
そんな捉え方をしていました。

捉え方は人それぞれ。でも思い違いは時に大きな誤差が生じてしまう。昨日の出来事はまさにそれでした。

深刻度は違いますが、今日のお友達とのことも受け取り方次第。二男も夜には忘れているようでした。流すのがよさそうです。


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